ほぼ毎日ゲームばかりしていたせいで、
中間期末テストは毎回一夜漬けで
乗り切っていたわたくし。
しかしながら高校受験はそうも行かず、
中三の2学期後半くらいから
親にケツを叩かれてなんとか追い上げ、
まさにギリギリで中堅の公立高校に入学したのでした。

高校に入ればこっちのもの、と
またゲームな日々がつづいていました。
そんななかゲーム業界でも
PS/SSの次の世代がやってきました。

インターネット通信を実現するために
アナログモデムを標準装備した
ドリームキャストの登場です。


たまには任天堂ばっかりじゃなくて、
セガのハードでもいっとくか、と
ほんの軽い気持ちで購入したDC。
運良く自部屋に電話回線があったことも幸い
初のセガハードがわたしのゲーム人生に
ある意味革命をもたらしました。

本体に付属していたDC専用の
インターネットブラウザディスク、「ドリームパスポート3」。
その中にはぐるぐる温泉の体験版も収録されていました。

インターネットもよく理解しないまま、
一体これは何なんだろうという好奇心だけで
電話線を本体に繋ぎ、電源ON。
ぐるぐる温泉のロビーには、
トランプの大富豪(大貧民)しかプレイできない
体験版でもたくさんの部屋とプレイヤーで
溢れていました。

「こんにちは!」
「はじめまして」
「一緒に遊びましょう」

などと画面中央に表示される言葉。
その下には、

「あと一人募集中!」
「楽しくあそぼう!」
「おしゃべりしながら」

と題目が並んでいる。

(これは……もしかしてひとりひとりがみんな違うプレイヤーなのか…?)

これが私にとっての初めてのインターネットでした。

ほどなくしてインターネットというものを徐々に理解し、
あわせてisaoに入会し、テレホーダイにも加入。
毎夜23時からはぐるぐる温泉でトランプに
興じながらチャットするのが定例になっていました。

その後2000年末には家庭用ゲーム機で
はじめて成功したといわれるオンラインゲーム
ファンタシースターオンラインが発売。
もれなくわたしもコレにはまっていくことになります。

おそらく今のXbox360漬けの下地は
ドリームキャストが作ったといっても過言ではないでしょう。
コントローラーの形状も似てますしね!(関係ない

PSOで初めて1タイトルに
100時間以上つぎ込んだわたくし。
最終的にはPSOには500時間ほど
費やすことになるのでした。
それでも当時やってたプレイヤーの中では
少ないほうなのでしょうね。
2000、3000時間なんてごろごろいましたもの。

その人たちは今一体なにを…。

翌年の01年2月発売のRTS、ハンドレッドソードは
わたしのゲーム人生のなかでも
とりわけ思い出深い作品です。
発売前から情報を追いかけ、
体験版もゲーマガの前身であった
ドリームキャストマガジンでプレイ。
@baraiなどという先鋭的な販売方法で
ごくごく一部に注目され、
そこで出会った人たちと初めてのクランに入隊。
公式やファン独自のイベントなどにも関わりながら
コミュニティを育てていったのが懐かしいですね。

DCも末期になったころ、
ハンドレのサーバー終了のお知らせが通達され、
ユーザーがなんとか継続を! と、
署名活動をしたりと本当に思い出深いです。

PSOやハンドレで出会った一部のプレイヤーは
いまでも交流があったりします。
あれから10年たったのかと思うと
少し感傷に浸ってしまいますね…。

っとっとっと。
わたしの年齢もバレバレな感じですけれども(笑
そんな感じでわたしの高校生活はおわっていくのでした。

まだもうちょっとだけ続く予定です。